決勝の朝は、昨日とは打って変わって青空で、気温も上がってすごしやすくなっていた。先に説明したとおり、昨日の予選のタイムは最終的な結果には直結しない。昨日のことは忘れて、今日のレースに集中しろ、といわんばかりだ。
早めに会場について、まず自転車のメンテナンス。あたりまえだけど専任のメカニックはいないし、足のない僕らは夜の間は自転車から隔離されていて、不便だがレース前にやるしかない。
この日取材に来ることになっていた、ファンライド誌の綾野さんもまもなくやってきた。フランスくんだりまで来てくれるメディアがほとんどない中で、ありがたいことである。また、フォンテーヌブローの町で菓子作りの修行をしているという掛作さんという人が、レースの話を聴きつけて応援に来てくれた。
スタート順は、前日のプロローグの逆となるので、日本チームはほとんど先頭近くに固まっている。僕は日本人チームの2番目、全体でも8番目くらいにスタートした。決勝は36km、24コントロールだ。
スタートしてしばらくすると、追いついた人、追いつかれて人合わせて4、5人の集団になった。集団で走るほうが楽なので、このまま行こうと考えていると、4番コントロールに行く途中で、なんと目の前に巨大なフェンスが出現!しまった、やっちまったかとひるんでいたら、集団の4人は何の躊躇もなくフェンスの狭い隙間に自転車を担いで突っ込んでいく。ハンドルが引っかかったりして、ギャーギャー叫び声をあげていてすごい光景。躊躇した僕は集団から遅れをとってしまった。このフェンスの出口のところは、フォンテーヌブロー名物の放射状分岐になっていて、ふたたびフェンスを越えることもあって、方向感覚が狂いやすい。フェンス出口のところで、集団に追いついたものの、4人は微妙に角度の違う間違った道に躊躇なく突っ込んでいった。この辺のスタート順の人たちは、どうもヘタらしい。結局独走になってしまった。ちなみにこの分岐、フェンスで囲まれたエリアに地図に載っていない分岐がたくさんあったことも影響して、日本チームでも何人か失敗したようだ。
この先の8から12番コントロールあたりの中盤エリアは、とにかく地形が複雑だ。というより行ってみるまでよくわからないのだ。(読図力不足、といわれればそれまでだが…)ルートチョイスも微妙で、路面はサンディーですごくパワーが必要で、かつラインを選ばないと砂にタイヤを取られて転んでしまう。おまけに馬糞の山に突っ込んだ(これは僕が悪い)。この悪条件でいい走りをするには、少し(かなり?)実力が足らなかったみたいだ。予想と違う地形の出現に戸惑い、路面に負け、しばしば足を止めてしまう、非常にリズムの悪いオリエンテーリングをしてしまった。
11番に行くあたりから、ちらほらとかなり速い、と思われる選手たちが追いついてくるようになった。自然とスピードが上がり、12、13番とナビゲーションが休めるレッグもあったおかげでかなりリズムを取り戻した。地図読みが冴え、自分よりだいぶ足のありそうな選手にナビゲーションの差でついていけるようになる。終盤はまたかなりアップダウンがあったが、走りそのものを楽しむ余裕も出て、納得の行く走りができるようになった。終盤のルート上ではなぜか小学生の遠足の列が見られ、日本人が珍しいのか、皆「ジャポネ!」と声をかけてくれた。そのまま気分よくフィニッシュ。成績は2時間20分で99位だった。
ほかの日本人選手は男子は100位台、女性では細谷選手の63位を最高にやはり下位に沈んだ。成績こそ、実力の差を見せ付けられた形になったが、皆それぞれ、初めての世界選手権を十分に楽しんだようだった。今日の経験で、明日以降の走りはまた変わってくるだろう。
ちなみにトップは90分。地図を読みながら、かつコントロールではチェックのために立ち止まらなくてはならないのに、実にアベレージ24km/hだ。速い!トップ選手の走りも垣間見ることができたが、スピードもさることながら、いったいいつ地図を読んでいるのか、というぐらいに流れるような走りをする。さすがに、このレベルで勝負をするのは無理だが、僕としては中盤の中だるみが非常に悔やまれる。明日はスプリント。レースを通して、今日の終盤のような走りをしたい。
大会3日目は、スプリント競技だ。僕個人としては、一番期待して臨んだ種目だった。ロングディスタンスの予選・決勝ともに、順位は振るわなかった。けれども集中して走れている区間に関する限りは、そこまでの力の差はないとも感じていたからだ。
会場に着くと、まずは恒例のバイクメンテナンス。ここで僕は大変なことに気づいた。昨日ずっと、チェーンをトップに入れた状態で走るとギアが歯飛びをしどんなにシフトタイミングをいじってみても直らなくてイライラしていたのだが、その原因がわかった。チェーンが一コマ、ねじれていたのだ。日本チームの予備チェーンは、盗まれてしまってなかったので(このあたりの話はいずれ書こう。)、ショップに買いに走るのは時間的に厳しかったので、チェーンを2コマ分詰めて、ねじれた部分を取り除き対応することにした。
スタート地区までは5kmほどあるので、余裕を持って30分ほど前に、スタート時間の近い大北と会場を出る。スタート地区へははじめは広い道の脇を通っていたのだが、やがて林道、そして結構しんどいシングルトラックを通らされる。その分、いいウォーミングアップにはなり、体の状態も確認することができた。大会3日目であるが、体はさほど重くない。
スタートする。1番コントロールまでは比較的距離があって路面状態もよかったので、このあいだに前半の6番までのプランニングを終える。おかげで、3に向かう途中で一瞬分岐で立ち止まった以外は、非常にスムーズに前半のレッグをこなすことができた。4に向かう途中ののぼりで、小柄な女子選手にぶち抜かれてびっくりする。後でわかったが女子のチャンピオンだった。
6から7はいったん舗装道路に出る。6番コントロールで日本チームが世話になっているドゥニスが応援してくれ、僕も手を上げて応えた。前半はまさにあっという間だった。このように感じられるときはいい感じに地図読みが先行していて、集中している証拠だ。7に向かう途中の舗装道路で、先のレッグの地図を読む。ここから先は少し難しそうだな。
スプリントレースは実に面白い。MTB-OLの一番濃い部分を抽出したようなものと言っていいだろう。レースが短いから、だれているヒマがない。というかだれたら終わりだ。スピードとナビゲーション能力、どちらもギリギリの状態を持続しなくてはならないが、ちょうどそれが持続できるくらいのレース時間なのだ。そのシビアさにぞくぞくするような楽しさを覚えた。僕はフットオリエンテーリングもスキーオリエンテーリングもする。もちろん走力とナビゲーション能力のギリギリの戦いをするのはどれもいっしょだけれど、このスピード感はMTB-Oにしかない。
さて、9番コントロールを過ぎたところで、ポルトガルの選手とアメリカの選手の3人でパック状態になった。2人とも、足は僕よりちょっとあって、地図読みのほうはちょっとヘタなようだ。力が近い者同士での並走は、気持ちがより研ぎ澄まされるようで楽しい。そのまま3人ほとんど差がなく、終盤に入った。
最後の12、13コントロールの周辺はちょっとごちゃごちゃしている。3人ともその部分を完全には読みきれずに動いてしまった。3人そろってわずかにミスをする。僕が一瞬早くリカバリーして、後はゴールに向かって疾走するのみ。スタート時間との兼ね合いもあるので、彼らに勝ったのか負けたのか定かではないが、並走状態から抜け出してゴールまで逃げ切れたのはちょっと自信になった。
タイムは12kmを35分、順位は78位だった。ようやく満足の行くレースができた。とはいえトップは27分くらいで、実に平均時速26km/h以上!しかし、所要時間のパーセンテージで考えても、ロングのときよりもだいぶ差は縮めることができた。逆にいえば、距離が長くなったときの落ち込みが激しいとも言える。
男子は内山選手が終盤に大きくミスをしてしまったが、大北選手、渡辺選手ともに前日より順位を上げ、まずまずのレースができたようであった。女子も藤原選手が、残念ながらパンチミスで失格になったものの、全体的に順位は上がっていた。日本人はスプリントのほうが強いのだろうか?
4日間続いた世界選手権も、このリレーを持って終わりとなる。
オリエンテーリングのリレーは独特だ。もともと1+1+1が単純に3とならないのがリレーの面白さではあるが、オリエンテーリングではへたをすれば4どころか5にも6にも平気でなる。今までも、焦りなどから信じられないようなミスをしたり、それがきっかけで大逆転したりというのを何度も見てきた。作戦も重要で単純に速い人を並べてきたチームよりも、各走順のランナーが自分の役割をきっちり果たしたチームのほうが大概強い。
…のであるが、今回の日本チームは作戦などと言っている状態でないのは、この3日間のレースでよく分かってしまった。そこで男女ともに単純に今までのレース結果から速そうな3人を速そうな順で出すことに落ち着いた。男子チームが相川―大北―渡辺となり、女子チームは細谷―藤原―小寺の順で、伏見、内山は主催者の斡旋する混合チームに回ることとなった。昨日までの成績から、男子チームはイスラエルには勝とう、そしてあわよくばアイルランド辺りを倒そうと目標を定めた。
1走になった僕は、ウォーミングアップがてらスタート地区の様子を見にいった。スタートはグラウンドで、出口は4、5人が並んで走れる程度の広さに過ぎない。出口を中心に大きな扇型が描かれ、そこに自転車を並べるようになっていた。選手はそこからさらに10mほど下がったところからランニングでスタートする。変形のル・マン形式とでも言うのだろうか。出口付近は激しいポジション争いが予想されるが、僕はおとなしく後ろから行くことにしよう。男子の個人の予想ウィニングタイムは45分と言うことなので、日本チームとしては3人が1時間程度でまとめられれば上出来と言える。
まず、女子のスタートを見送った。フットオリエンテーリングでのリレーを経験したことのない細谷選手が引っ掛かっていかないか心配だったが、うまく落ち着いて出ていったようだ。そして間もなく男子もスタート。スタートの勢いは凄い。上位を狙う選手はマップホルダーにマップをセットする時間も惜しいのか、そのまま地図をつかんで走っていく。走りながらセットするのだろう。激しくポジションを争いながらそんな芸当をする自信がない僕は、望むか望まないかに関わらず後ろから行くことになった。
スタートフラッグを通過して、間もなく方向がおかしいことに気付いた。なぜ???入り口では完璧にイメージ通りだったのに。リレーでミスをするとどうしても焦ってしまうが、そこはぐっと堪えて行きたい気持ちを抑えて戻ることにした。が、やっぱり合っている。地下に鉄塊でも埋まっていたのか?このせいで1分ちょっとおくれてしまった。
1人ではどうしてもペースがあがらないので、はやくどこかに追い付こうと追い込んで走った。2までは簡単なレッグ、その先は2つほどかなりルートチョイスに悩むレッグが続き、人に会えないので、もしかしたらアホルートをとってしまったのかぁ?と思い出した頃にチラホラと前のライダーが見え始めた。ホッと一安心。
その後、こんなの乗れるかぁという上りを担ぎ上げ、オープン地帯をひとまわりし、こんなの乗れるかぁ、という下りを担ぎおろして、ようやく落ち着いたのでふと周りのチームを見回してみた。おお、このポルトガル人は、昨日ずっと並走していた選手ではないか。初日の予選でしばらく並走の後ちぎられたでかいアイルランド人がすこし後ろにいる。さらに、セカンドチームだと思うがイタリアもいる。他にも何チームかいてそこそこのポジションまで上がってきたようだ。
レース中盤は単純なレッグが続き、集団はあまりばらけないままレースは展開した。そして終盤に差し掛かり13コントロールで、はっきりとルートが別れた!僕は自分がベストと思ったルートをとり、ここぞと追い込んで走る。が、コントロールへのアタックで、一瞬躊躇してしまう。そして、コントロールにむかうところで、それまでずっと集団で走っていた国々がコントロールをとって脱出して行くのとすれ違った。
…やられた。そう思って焦って前を追った。まだ前方にポルトガルが見えている。昨日競り合って勝った相手だから、あそこには追い付くぞ。しかしその焦りが失敗だった。ラス前のややこしいところにしっかり地図を読み切らぬまま突入してしまったのだ。一瞬「ここはどこ?」状態になり、ぐるっと遠回りしてコントロールに向かってしまった。おまけにシングルトラックで地図を見て走っていたら、立ち木に直前まで気が付かず人知れずジャックナイフをかましてしまい、さらに遅れた。
そのままゴール。なんとか1時間は切ったけれど、自分より後ろにいるのはほとんどセカンドチーム(一国2チームまでエントリーできるのだ)で、もう少し上にいけたはず、という悔いは残った。後は残りの2人に託すしかない。女子チームは順調につないだようだ。
しかし、やはりリレー、波乱はこの後おこった。
一走の途中経過が次々に掲示されて行く。僕が帰ってしばらくすると、まず女子から速いチームの2走も帰りはじめた。そして、ミスパンチで失格になるチームがかなり多いことに気付いた。自分のところは大丈夫か?と心配すると同時に、もしかしたらという期待も膨らんでくる。そうしているうちに日本チームの女子はまずまずのタイムで無事に3走につないでいった。失格判定もOKのようで、結構順位も上がっている。
一方で、もう一つの異変にも気付いた。男子2走の大北選手が戻ってこないのだ。60分をこえ、目標としていたチームも次々とつないでいくが、まだ戻ってこない。70分をこえ、さすがに何かトラブルがあったのではないかと思い出した頃、ようやく会場に姿を現わした。話を聞いてみると、なんと途中で間違ったコントロールに向かってしまったとのこと。MTB-Oのコースは確かにかなり入り組んでいるのだが、日本チームの中で一番堅実でこういうミスをしにくいと思われた大北選手がやってしまったことに、リレーの難しさを改めて感じた。
男子チームはちょっと勝負からは脱落してしまった感があったので、期待は女子チームに向けられた。ぼくはゴール付近でカメラを構えて観戦を決め込む。会場まで僅差で戻ってきて、最後のゴールスプリント勝負になるチームが案外多く、なかなか迫力あるシーンをたくさん見せてもらった。
やがて日本の女子3走、小寺選手が戻ってきた。競り合うチームもなく、静かなゴールであったが、知らぬ間に順位は9位まで上がっていた!これは女子のオリエンテーリングの国際大会でのリレーの成績では、最高順だということだ。リザルトを見ると日本の女子チームは速い!というようなタイムは出ていない。しかし、3人ともがそれぞれの実力を出したな、と思われるタイムであった。実力を出し切れないチームが多かった中、それが良かったのだろう。
男子の3走、渡辺選手もモチベーションを保つのが難しい展開の中、まずまずのタイムで最後までしっかり追い込んで帰ってきてくれた。男女のチームで明暗は分かれたが、こうして日本チームのMTB-O初挑戦は終わった。
最後のパーティ、結構重要なイベントだとは落合監督から言われていたが、あそこまで盛り上がるものとは予想していなかった。
はじまりは普通の食事会だった。テーブルもだいたい国ごとに分かれたままだ。日本チームのウェアは外国の選手にかなりの人気で、ウェア交換を求める選手が次々とやってくるものの、とりあえず平穏であった。
食事が一段落すると、ステージの方でちょっとづつ人が集まって踊りの輪ができはじめた。僕らも様子をうかがいに行ってみる、すると「ナカタ!、ナカタ!」と叫ぶえらくハイテンションなイタリア人がやってきた。彼はダビデといって、あらゆることにハイテンションに反応する。さすがイタリア人。名前を適当に漢字で書いてあげると、やはりハイテンションに喜んでそうこうしているうちに結構な人の輪になった。町でも漢字をあしらったT-シャツを見かけたが、ヨーロッパの人は漢字は不思議なものなのだろう。名前を漢字で書いてくれ、というリクエストが多く、適当に当字を書いてあげる。ダビデはなにか「日本のもの」をほしがったので、ひらがなの「と」がはいったとれとれバイクのワッペンを「日本のMTBラリーのシンボルだ」とプレゼントした。すると、今度は「とれとればいく」コールが起こったのだった。彼はお礼にバンダナにイタリアチームの選手達が何人かがサインをしたものをくれた。僕の汗がしみ込んだものだから、洗ってはいけないと言われたが、申し訳ないが帰国して早速洗濯させてもらった。
ダビデはその後も脱ぐは暴れるはで大活躍。さすがイタリア人。
ダンスの輪は、どんどん膨れ上がってパーティの中心は完全にステージとその周りに移ってきた。ダンス慣れしているとはいいがたい日本チームであるが、せっかくの機会であるので、その輪に加わっていった。ヨーロッパの選手達は慣れたもので、次々とかかる曲にあわせてダンスをかえ、輪になり、列になり、ソロになり、男女ペアになり、時には脱ぎ(※男のみです)手際良く変化していく。僕らは日本チームの案内役エリックのアドバイスのもと、見よう見まねで踊るのだが、リズムにあわせて体を動かすことはできても、あの腰のクネクネ感は到底真似ができなかった。それに、ダンスというものがかなりの運動量であることもよく分かった。次回はダンスのトレーニングもしていくべきか?
しかし、そうやって適当に体を動かしているだけでも、一体感があってかなり楽しい。せっかくの機会なので、外国の女の子たち何人もとダンスをしてみた。リードされっぱなしであったが。
それがきっかけでロマンスが生まれたという話は残念ながらなかったようだ。
ダンスはエンドレスで続くようであったが、僕ら日本チームは翌日の出発準備や、輸送担当の役員の都合もあって、12時過ぎには会場を後にした。いったいあの後いつまで続いたのだろう?