学連の者でもスコードの者でもない私だが、学連理事で夫の加賀屋の手伝いをしていくうちにユニバーへの関わりを深め、オフィシャルとして同行するに至った。
矢板インカレで学生達の活躍を見ながら、この中からユニバーに出場する選手がいるんだろう、と思っていた。インカレで惜しくもメダルを逃した選手がインカレ直後に言った。「インカレが最終目標ではない」と、ユニバー出場への意志を表し、気持ちを切り替えてトレーニングに励んでいた。先を見据えた鍛錬ぶりに感服。そんな熱意が4月の選考会準備の励みにもなる。
選考会レース、合宿ともJWOCと同時開催であった。それに関わる準備(コース設定からE-Cardやフラッグの洗濯等後片付け作業まで)の殆どを学連側、というより加賀屋家が担うことになっていた。気がつくとJWOC側からの助け舟は出ていない。何故かと加賀屋に尋ねると、「前からそうだ」としか返ってこなかった。それはおかしい、と疑念を抱きつつも、特に今回は合宿が隔週で開催され、回数が増えた分仕事を振る時間の余裕もなく、合宿終了までハードな生活が続いた。そんな中で合宿の手伝い、トレーニングパートナーに名乗り出てくれたり、車を出してくれたり、多くの方々に援助して頂いた。NT合宿にジョイントさせて頂いたのも大変助かった。数々のご協力に感謝している。
選考会レースが終わると瞬く間にユニバーへの準備が始まってしまう。次回のユニバーは開催日が早い。決定事も準備も見切り発車にならないようにしなくてはならない。
ユニバーに出場したこともなければトップアスリートでもない私が選手達にできることは何かを、オフィシャルで同行すると決めた時に考えた。インカレのオフィシャルとは違う。競技や技術面は国際大会の経験も豊富な加賀屋に任せた。私も去年のWOC、一昨年のWCで日本代表選手団と行動を共にした経験から、国際大会での日々の過ごし方は想像できる。だが、何かヒントを求めて前回のユニバー報告書を読んだ。殆どの選手たちが連日のレースで疲労がたまり、走れなくなった、とあった。(その時はオフィシャルが村越さん一人だけで、一人で全員分マッサージしていた。その他のオフィシャル業も含め、村越さんだからなせる業であろう。しかしマッサージに割り当てられた時間は一人当たり15分。)
多いと4日間連続してレースをこなさねばならない。とにかく選手に疲労を残させないことが鍵だと思った。手始めに千駄ヶ谷の東京体育館内にある資料室でスポーツ栄養学やマッサージの本や雑誌を借りて読んでいった。栄養学、マッサージ、アイシング、この3つを選手に実行させようと決めた。必要なページはコピーして保存したり、自分が欲しい情報を抜粋してノートにまとめていった。ポイントとなりそうなところをユニバーのメーリングリストに載せてみた。
レース後のケアとして上記の3点は重要である。レース後にビタミンを摂り軽いジョグをすると乳酸が処理され筋疲労が生じにくくなる。これをレース後30分以内に行うのが望ましいという。それから早期疲労回復には早くモノを食べた方がいい。手っ取り早い食べ物はバナナである。ハードな運動の後は胃が食べ物を受け付けないという感じはよくわかるが、バナナなら食べやすいし海外でも調達しやすい。実際去年フィンランドで行われたWOCでも、ゴール後の選手に待ち受けていたオフィシャルが持っていたバナナを(無理やり?)食べさせるという光景を目にした(男子クラシックチャンプのノルウェーのヨルゲン・ロストラップ君だ)。世界のトップランナーも実行しているのだ。これら一連の動作を促すようにするべく、大会当日私はスタートには行かず、ゴールに直行した。そしてゴールした選手を監視した。ゴール後30分以内が疲労回復の勝負なのだ。まずゴールした選手にビタミン摂取の為にオレンジジュースを飲ませた。(しかし弱った胃に100%果汁は刺激が強すぎたかもしれない。少し水で薄めてもよかっただろう。)だが選手は自分のレースを思い返したり話し出したりで、置いてあるバナナに自ら手を伸ばそうとはしない。皮をむいてバナナを手渡ししたこともあった。さすがにこれなら口にしてくれる。
アイシング用に氷を宿舎の厨房から毎朝調達した。これから作るから一時間後にまた来てくれ、と言われる時もあったが、私がゴール直行オフィシャルなので、遅い出発のバスまでに間に合わせることができた。何故か氷が確保されただけで安心するものがあった。些細だが一つの任務を果たせ、これで選手の疲労が緩和される、と確信できたからだろう。日本から保冷ボックスを持参した。東欧では手に入りにくいかもしれないし、重いものでもなければ空の容器の中に物も入れられ、大したかさばりもしない。ユニバー合宿の一環で参加した小海フェスティバルで頂いた賞品が役に立った。
ゴール後の会場で氷をアイシング専用の巾着型袋やビニール袋に入れて選手に渡していった。これも前述のバナナ同様、そこにモノがあったとしても選手が積極的に手を伸ばして利用しようとはしないからだ。合宿の頃から集合地点に必ず氷は用意していたが、トレーニング終了後にアイシングを勧めることはしていなかった。アイシングというよりむしろ怪我した場合用だった。前回ユニバー報告書でもアイシングを積極的に行った選手はごく僅か。やり慣れないことなのだろうから、合宿の最中からアイシングを取り入れて疲労回復の習慣をつけさせておいてもよかった。
宿に戻ったら空いている時間があればマッサージをしていった。男子は加賀屋が一人で、女子は私を含めて皆でマッサージ大会をした。マッサージはスプリングのきいたベッドの上ではできないので、部屋の床に加賀屋家で購入したグランドマットを敷き、そこに選手を横にさせて行った。マットは男子側で使われることが多かったので、女子はユニバー前から海外遠征していた選手のシュラフを広げてマット代わりにさせてもらった。(同じ階で部屋を隣にしたスイスチームはマッサージ専用の台まで用意し、若い女性のスイス人フィジシャンがゆっくりとリラックスムードで選手の脚をマッサージしていた。しかも廊下で。話をしたら彼女もオリエンティアだった。「オリエンテーリングは好きだけどgood runnerではないの」と笑っていた。)女子は一人に対して二人がかりでマッサージを交代してやっていったので、一人当たり十分な時間をかけることができた。女子が早く終わったので、まだ終わっていない男子のマッサージも手伝ったこともあった。選手もオフィシャルも睡眠時間は確保したいところだ。女子でやっていたマッサージ大会は是非次回のユニバーでも取り入れて欲しいと思う。何より選手自身の為になる。習慣づかせる為にも第一回目の合宿のメニューにマッサージ講習会を行い、その後の合宿の度にマッサージの時間を取るといいだろう。合宿でもユニバー本番同様に考えて、明日もレースがあるという心構えで臨めば自ずとマッサージは欠かせなくなるはずだ。ユニバー本番で「いつもと違う特別なこと」はするべきではない気がする。「いつもどおり」に過ごせるよう普段から習慣にする努力も必要だ。マッサージに限らず、だ。
その他大なり小なり行ったことで思い出せるものといえば以下のようなことだった。
E-card、フラッグの洗濯・保管(羽鳥氏より合宿終了時までお借りした)/ジャパンTシャツ作成(コスト削減の為にちょうどバーゲンで値下げしたユニクロのを購入し、プリントゴッコで印刷)/選手紹介ビラ・ポスター作成(ポスターはユニバー宿舎内にも張り出した。他国の選手もよく見てくれ、真似して他も張り出してきた。外国人チームは結構ふざけて面白いものが多かった)/ テーピングテープ・湿布、アミノバイタル等(薬以外のもの)の手配/ 地図の丸書き(設置マップの事前準備等)/持参する薬やドーピングの勉強
今回オフィシャルは3人だった。前回1人だったので大幅増員である。選手を甘やかすことになるのでは、という見方もあったようだが、どうだったろうか。ユニバーではインカレと違い、卒業一年目でオフィシャルが務まるものではない。ただでさえ年の離れたオフィシャルが一人しかいないとなると、益々選手の中で遠慮が生じて頼みたいことが頼み難くなることも起こりうる。選手が車の運転をせざるを得ない状況も起きるだろう。だが3人が適当な人数かどうかわからない。その人の技量にもよるだろうし。今回のユニバー男子選手の一人が言った、「オフィシャルが誰だろうと構わない。オフィシャルは利用するものだ」と。後半の言葉は歓迎に思った。要求があればどんどん言うべきだ。要求無くして後からああして欲しかった、は言いっこなしだ。今回のユニバー合宿で加賀屋がプランした内容に選手が要望を出し、予定のテレインが変更になったことがある。東大大会で使った群馬のテレイン「赤城」と「りんごの里(旧御幸田)」がブルガリアに似ているのではないかとの提案が出たのだ。ブルガリアを意識したコース設定をしたが、残念なことに地図の精度が低く、地図上で予定されたコントロールの現地点にしかるべき特徴物が見つからずに困った状態が何度も起きた。他のテレインでもそういうことはあった。日本人選手が質の高い練習がこなせられるよう精度の良い地図に改良されることは高く望まれるところだろう。(と、口で言うは易しですが現実問題難しいですよね。文句言うならオマエやれ、という感じですが、私にはその技量はございません。ごめんなさい。)
また大会で異国の地で過ごす以上、いつも通りの生活を送ることはできない。食事がまずかったり、部屋がイマイチだったり、コンビニのような便利な店が近くにない等、様々な不自由を強いられることもある。選手は予め覚悟しておくべきである。オフィシャルもなるべく選手たちがストレスフリーになれるよう努めるものの、限界がある。限られた環境の中で工夫し、不自由を楽しもう、というポジティブシンキングも必要だろう。しかし宿にキッチン付のパブリックスペースがあれば、どんなに食生活が改善され、皆が一同に顔を合わせられる場ができてコミュニケーションもとりやすかっただろう。衣食住では住に重きを置く北欧との違いが見られた。
今回オフィシャルという立場で選手たちと共に過ごすことが出来て、こちらが楽しませてもらった感がある。私自信が選手たちのファンでもあるからだ。マッサージも大変ではあったけれど、「やらせてくれてありがとう」と礼を言いたいくらいだった。実際女子同士で筋肉を触りあって批評しあって楽しかった。オフィシャルも選手も、レースにしろ何にしろ、楽しみにしていたり楽しもうという姿勢は大切だと思っている。
海外でのレースでは、日本には見られず予想もつかないテレインが用意される。今回もブリテンのテレインプロフィールに`open, semi-open´`sandy and stony´とあり、以前JWOCで開催された黒海沿岸のテレインをすぐさま連想されたが、実際はかなり内陸の所にあった。モデルイベントのテレインへの移動で長い時間バスに揺られ、一体どこに?と思った瞬間突然オープンで砂地で岩がゴロゴロしている景色が現れた。驚いた。しかも後で気づいたのだが、リレーのテレインがモデルに隣接しており、モデルへの移動途中リレーのテレイン内を
バスで通過していたのだった。テレインもさることながら、コントロールの位置もヤブの中に設置されていたりと、想定外の事態が多く起こった。藪の中のコントロールのアタックの練習など、合宿では意識して取り入れなかった。今回はそこまで傾向や情報を読み取れなかったが、今後の国際大会のスタンダードとなりそうだ。実際去年のワールドゲームズでも藪の中のコントロールがトリッキーで難しかった、という海外の選手のコメントもあったと思い出した。今後の合宿メニューには欠かせなくなるだろうが、藪の中の地形や特徴物が正しく表記されているかどうかがネックになりそうだ。選手達もどんなテレインが待ち受けようが自信を持って臨めるよう、苦手テレイン意識をなくし、オールラウンドなオリエンティアになれるようになるといいですね。おわり。
追記:些細なことだが、大会中に気づいたので付け加えておく。クラシックでのこと。パブリックコントロール付近で道上に設けられた給水ポイントにオフィシャルだけが立ち入ることができた。選手は用意されたコップの水やオフィシャルに渡されたスペシャルドリンクを手にしながら走りつづけた。コップやドリンクの入ったボトルは我々や役員のすぐ近くに放られることもあれば、道から外れて草むらの中に捨てられることもあった。立ち止まって飲み、かつコップを丁寧に戻す選手は日本人ぐらいだった。どうぞ遠慮なくコップを放り捨てていってほしい。