2年間かけて準備してきたチェコのユニバーが終了した。 この報告書はユニバーを通して自分が感じたことを広く日本のオリエンティアに伝えることを目的とし、 今後世界を目指すすべての人たちにとってよき参考となることを願って書くものである。
今までの経験から、世界に臨むには長期プランを組んでひたむきにそれを実践していく努力が不可欠であるという教訓を得ていたので、 前回ブルガリアのユニバーが終わると同時に準備を開始した。 しかし、私は一般のオリエンティアとは練習方法を異にしていたかもしれない。
世界の舞台で活躍するにはまず体力、走力、とよく言われるが、それは違う。 体力や走力というのはオリエンテーリングの練習を通じて身につくべきものであり、 本来それのためにトレーニングするものではないと私は考える。 「単に走る」のと「オリエンテーリングランニング」とは異質なものである。 したがって、練習をこなす上で体力や走力は養えるものであり、重要視すべきは技術力と精神力である。 これは練習とイメージトレーニングを繰り返すことにより鍛錬できる。 詳細は割愛するが、私は2年間という長い期間の中で5割以上をこれらに費やした。 単に走るだけのトレーニングは疲れを抜くためのジョギングの他はあまりしていない。 走行距離も他のユニバー選手に比べればかなり劣るものであろう。 しかし、私は国内の様々なレースで安定したとは言えないまでも常に上位に食い込んできた。 これは山でのオリエンテーリング練習、不整地走、公園でのコンピ練習など、独自のメニューを組んで実践してきた成果と言える。
とは言え途中院試や卒論などを挟み、練習がおろそかになった期間もあった。 これらの期間中は同じくユニバーを目指す仲間の存在がモチベーションの低下を食い止めてくれた。 本番1年以上も前からメーリングリストを作り、チェコに向けて準備をともにしてきた仲間の存在は本当に大きく、 ひとりではなくチームとしてお互いを盛り上げていくことの重要性をあらためて感じた。 今後もこういう取り組みを進めていけば日本のレベルはさらに向上すると思う。
準備に余念はなかったがそれでも選考会は緊張し、2位に食い込むレースもなかなか苦しいものであった。 そのときの記録ノートには次のように書かれている。
「1週間前の金大大会で優勝し、4月は速いという自信を胸に臨んだことが勝因の一部。 当日の体調は良くなかったが根性と集中力で乗り切ったと言える。 しかし1,2月の練習不足による技術のムラ及び走力への不安が残る。 今後2ヶ月、特に合宿でのメニューをこなして技術の改善を図る。 メニューはすべて本気で集中してやること。」
この後2ヶ月間で京葉、みずがきと富士、富士、愛知、東大大会前日の5回の合宿を挟んで本番を迎えるに至った。 合宿は非常に内容が濃い上にレースはWOC選考会を兼ねていたものが多く、高い集中力とモチベーションの維持が要求されたので すべてにおいて大変充実していた。 また夜のミーティングではチームメンバーと顔をつき合わせ、団体戦に向けての話をたくさんしたことが印象深い。 短期間のうちに何回もメンバーと顔を合わせてレースやら練習やら議論やら歓談やらをして非常に楽しい合宿だった。 メンバー間でお互いに相手を尊敬し、信じることができた、つまりチームとして心地よい一体感があったと思う。 特に、男子は男子、女子は女子で輪を作るのではなく、リレーの走順の話以外はすべて男女一緒に対策を練ったり 地図読みをしたりしたのも大きな効果をもたらしたと思う。 チームディスカッションの重要性をここでも認識した。 このように、合宿を通して日本チームの形が出来上がっていった。
自分自身も合宿メニューやレースを通じてレベルアップしていることを実感でき、 ケガをすることなく満足の行く準備ができたことに大きな自信を得て6月を迎えることができた。
チェコには開会式の3日前の夜に到着した。 EURO2004でチェコが劇的な逆転勝利でオランダを降した夜である。 時差ぼけはなく、チェコに無事ついた喜びが大きく、幸せな気分で眠りにつくことができた。
大会前二日間はレースに向けての調整と称して山に入った。 1日目はチェコでオリエンテーリングできることに軽い覚醒状態になってガンガン走ることができたが、2日目は少なからず課題を抱えてしまった。 4年前のJWOCでチェコに来て山の中の雰囲気を知っており、事前に周到なイメージトレーニングができた反面、 平らなところでの距離感のとり方や視界の悪いBの林での方向維持などで失敗したので、本番では集中力の維持に努めることが大切だと肝に銘じた。
そしていよいよモデルイベント、開会式。 モデルイベントでは颯爽とオリエンテーリングできて気持ちよかった。 前日得た課題と今までの自信を胸に「やれる」という実感を得た。 終了後ダニが数匹体についていたので弾き飛ばしたが、レース中はそんなひまはないので考えないことにした。 開会式はピルゼン市の中心部で開催された。 いよいよだという実感が湧き、翌日のロングのレースに集中した。
ブルガリアでは失格だったので、この種目でぜひとも結果を出したかった。 国内のレースで2時間以上集中力を切らさず走りきるシミュレーションができ、練習の積み重ねによる自信もあった。 しかし本番は苦しいレースとなり、全体の6割を過ぎたあたりからブレーキがかかってしまった。 太ももの裏が痙攣して完全にストップした場面もあり、結果は完走したものの惨敗であった。
レース前、私は2回食事をとるプランを立てた。 スタート順で4つに分かれるグループの3つ目のグループで比較的遅いスタートだったからだ。 しかし満腹状態が続き2回目はバナナ1本しか食べられず結局レース中に空腹状態に陥りメシバテになった。 スタート時刻に合わせてどのように食事をとるかは今後も必ず課題となるので、自分で対処法を考えておく必要があると思う。 また、それでなくても朝から足が重く食堂に行く長い坂を登るのが億劫で体がだるかった。 おそらく到着してから2日間の疲れが徐々に出てき始め、レース中に一気に噴出し、発熱したものと思われる。 棄権を考えたが給水してポケットに忍ばせていたチョコを口に入れたら少し回復したので何とかゴールまでがんばった。
レース後はひたすら回復に努めた。 水分を多くとり、すぐに着替えてストレッチしながら昼食をとった。 自分は翌日スプリントに出場せず観戦予定だったので、ミドルに向け気持ちを切り替えて準備することに集中しようと考えた。
トラムに乗って終点で降り、広く静かで爽やかな公園の中で開催されたスプリントレースを観戦した。 優勝争いを演じる選手たちはラスポゴールを死に物狂いで駆け抜けて来て、それが最も強く印象に残った。 彼らはやはり脱出が早い。 方向維持への高い集中力と執念がなせる技だと思う。 日本選手はもっともっと磨きをかける必要がある。
昼からはミドルに備えて昼寝をし、十分な休養に充てた。
前日の休養が効を奏してすっかり回復し、良い状態でレースに臨むことができたと思う。 4グループ目のスタートで昼過ぎの暑い時間帯のレースとなったが、朝食を遅めにとって空いた時間は ひたすらイメージトレーニングに努めたのでいい感じで宿舎を後にすることができた。 バスの中では映画が放映されており、あまりにアンアン喘ぐ激しいラヴシーンが続いたため運ちゃんがテレビを消した。 バスの中の選手たちはその時の運ちゃんのしぐさに大爆笑して緊張がほぐれた。
レースはヤブと微地形と平らな部分とが次々出てくる変化に富んだテレインでの高速レースとなり、自分はスプリントで3位になった
ウクライナの選手と中盤からゴールまで併走した。 スピードはたいして変わらなかったが脱出のうまさにかなりの差があったと思う。 走力は負けていなかったし、登りでは自分のほうが速かった。 しかしポスト周りで離された。 やはりもっともっと練習で磨きをかける必要があると強く感じた。 トップ比127%と自分自身の今までの成績の中では最も良いものとなったが、 ウクライナの選手と併走した時の技術を身に付ければもっともっと上を狙えるはずで、 日本人も練習次第で十分入賞レベルに持っていくことができるのではないかという実感を得た。
日本にいる時から4月の選考会で選ばれなかったたくさんの同志も含めて最も準備してきた種目がリレーであり、 これのために努力してきたといっても過言ではなかった。 しかし、レース中は体が先に前のめりになって頭がそれについて行かずに基本的な動作でもたついてしまうことが多く、全体を通して遅かった。 走っていて遅いのがわかっていた。 ビジュアルで坂本が「Go Nishio!」と大きな声で応援してくれたのがよく聞こえてその後はゴールまで持ちこたえたが、 ゴール後自分のタイムを聞いて申し訳ない気持ちでいっぱいになった。 短期間で行われるすべてのレースで高いパフォーマンスができる技術と精神力が自分には欠けていたと思う。 事前準備の中で高度の集中力を要する数日間のレースシミュレーションを行うことの必要性を感じた。
今回は日本にいる時からみんなで本当によく話し合い、団体戦に臨むチームとしてみんなでがんばるのだ、 という結束力を作ることに成功していたと思う。 個人戦での結果はもちろん欲しかったがそれ以上に目指すべきものとしてリレーの存在があった。 小泉さんと坂本が直前で入れ替わることになっても誰も動揺しなかったことが今回のユニバーチームのチーム力の強さを物語っている。 個人×4ではなく、1つのチームで本番に臨むことができたと思う。 だからこそ自分が良い走りで佐々木につなぐことができなかったのは本当に辛かった。
佐々木と寺垣内はきっちりまとめて帰ってきた。 しかし、厳しい結果だけが残った。
ユニバー全体を通しての反省を記す。
まず、今回は男女メンバー全員一丸となって目標に向かうという取り組みができたおかげでチームとしてのまとまりができた。 これはチーム全体を明るい雰囲気にし、お互いをベストの距離感で認識し合ってまとまることができるという上で非常に良いことで、 必ず結果にも結びついてくるはずであるからこれからも続けていくべきことだと思う。
また、2年間という長いスパンでモチベーションを落とすことなく準備してくることができた、というのは自分にとって大きな自信となった。 世界を目指すには長期目標をたて、ひたむきに努力することが不可欠であるという教訓を得た。
しかし、やはり結果が出ないと話にならない。 いくら準備がうまくいっても現地入りしてからいかに過ごすかで出てくる結果は大きく違ってくる。 現地入りしてからレースまでどのように過ごすのかについて自分で情報収集に努めるとともに、 経験者の話を聞いて事前に入念なシミュレーションを行っておく必要がある。 私はレース初日に疲れを爆発させてしまったが、それを防ぐにはモデルイベントと開会式の前日はレストにすると良いかも知れない。
加えて世界で結果を出すためには若手をどんどん育成し、ステップアップさせてどんどん底上げしていくシステムの確立が望まれる。 NT選手だけを強化するのでは若者がどんどん離れていく。 単なるあこがれを抱かせるだけではなく、若者に現実に世界を見させることが不可欠であると考える。 その役目を担うのは自分たちである。 個人競技ゆえのチーム作りの重要性を感じた今回のユニバーでの経験を糧に、我々は世界を目指す人たちの役にたつべきである。
最後に、2年間準備してきた中で自分が特に思うことを箇条書きにして示す。
ユニバーチームを支えてくださった加賀屋さん、寿理さん、尾上さん、 スタッフとしてお手伝いしていただいたトレーニングパートナーのみなさん、 応援してくださったすべてのみなさん、そしてユニバー2004のチームのみんな、本当にありがとうございました。 この場をお借りして感謝の言葉を述べさせていただきます。 これからも常に世界を視野に入れてどこまでも上を目指して精進します。 さらなる応援を宜しくお願いします。